November 12, 2018

この数年弟子をとるようになり、自分のなかで庭というもの、庭を生業をすることついて考えることが少し変わってきたような気がする。変わったというよりも物事が以前よりもクリアーに見えるようになったということなのかもしれないし、もしかしたらただ単純に年をとったということなのかもしれない。

庭というものを意識するようになって20数年。自己の生業として携わるようになって15年ほど。

日本における庭の世界とは京都を中心とした庭園文化にみられるようなとても保守的な世界でもあり、反面、装飾性の高い庭というものの性質上、特に現代ではとても自由度の高い(ほとんど節操のないと言えるくらいの)世界でもある。

一般的に、文学や思想、美術、音楽や建築にしても古典、近代という流れがあり、今という現代のかたちが現われるものであるが、私自身が関わる庭の世界においてはそういった意味では古典から近代へという変化やかたちが少なく(7代目植治や重森三玲などはいたが)現代に至っているように思われる。それゆえ、例えば現代建築という言葉は一般化されても現代庭園という言葉が一般的に使われることは少ない。

それは明治維新後、あらゆる事柄で西洋的な近代化が行われた中で造園の世界では西洋的な公園という概念が移入され、公園などの公共空間、都市計画などにおいての造園の近代化が行われはしたが、千年以上続くこの国の庭園文化に近代化を促すような動きはあまりなく、是非はともかく日本の現代の庭の現状とはそのような状態であると私は思う。

日本の庭の世界において近代化という意識が確立されなか...

November 8, 2017

「きれいなものをつくる仕事は絶対になくならないから。いい仕事よ」

幾年か前に私が人として尊敬する方から頂いた言葉です。

その方は何事にたいしても自然で、前向きで、やさしさのある方で、その方の言葉だから私の心に残り続けているのか、どうなのかはわかりませんが、ふとした時に庭の仕事に携わる私を気負いなく初心にかえらせてくれる言葉です。

きれいなものをつくっていきたいなとおもいます。

October 24, 2017

雑木の庭に関してみてみると、現代においての住環境、自然環境の変化により前記の古典的な中景を主とした庭の構造において生じてしまう問題点を一定程度解決するものであり、その構造はむしろ庭の構成物を近距離でみることに、より魅力を増すものでもある。近景ゆえに落葉樹を主体とした雑木の細かい枝先のやわらかさや葉のテクスチャーの違い、新緑から紅葉まで様々な樹種の違いにより微妙な色の違いまでを見て感じさせることができ、建築物近くへ落葉高木を配することにより季節に合わせて建築空間への日照量を自然にコントロールすることができる。

また奥行きが狭く水平方向への建築空間、植栽空間の制限の多い現代において建築物はかつて主として平屋だったものが二階家、三階家へと変化しており、それに連動して庭空間も垂直方向への植栽のボリュームを作ることに必然性、必要性が生じました。それはまた、雑木の庭の生態的、美的要素に適ったことであり、そのような意味においても現代の特に住宅の庭においては雑木を主体とした庭に一定の必然性があるのかと思います。

また、誤解のないように書き加えておきますと、当然のことながら、このような雑木の庭も日本の風土からうまれたものであり、その意味においても日本の庭の文化的な連続性のなかで古典的美意識を引き継いだものとしてうまれてきたものでもあると思います。

個人的な結論を言うならば、中景の庭においてはその空間における距離感の必然により庭全体のフォルムやある意味自然を抽象化した記号としての樹種や庭石がその造形表現として、ある意味力強く、ある...

October 23, 2017

現在、私が多く手がける庭に雑木を使い野山の景色を切り取ったかのような、いわゆる雑木の庭があります。

前述したように、私自身としてはその場の必然より導きだされたデザインや構成に基づいて庭づくりを考えていますが、私の実際の庭づくりにおいても、また現代における都市部の庭づくりにおいても雑木を使った庭が主流になりつつあるかと思います。そのことには流行りと言う言葉でかたづけられるものではなく、やはりある種の必然性があってのことかと思います。

結論を端的に言うと、雑木の庭とは都市化が進んだことにより個人の所有する敷地が小さくなったことが大きな要因となって生まれた現代の庭園様式だと言えるかと思います。

近代までの日本の庭の基本構成を考えてみると、坪庭や露地の庭を別として、建築物からの視点より周囲の自然環境を遠景として切り取り、その切り取られた遠景を背景にして中景としての庭を主として構成されてきました。

建築物から庭の全体を見渡せる距離に構成された中景に庭としての力点が置かれたことにより、庭石の配置や園路、植栽などによる構成美に庭づくりの主眼が置かれ、そこで使われる素材自体もそれ自体が造形的である松や槙などの仕立物の常緑樹、刈り込みものなどが多く使われ、石材なども存在感の強いいわゆる銘石などが多く使われてきました。そこにはその距離感、構成だからこそ成立し使用しうる素材の必然性などがあったかと思います。

かわって現代における庭づくりとは多くの場合、都市化により遠景はのぞめず、敷地(特に建築物からの奥行き)が狭くなったことにより近代ま...

October 22, 2017

私はよく弟子たちに「庭のデザインはその場の必然性で7割は決まる」というようなことをいっているように思います。もちろん、7割というのは私の個人的な感覚であり厳密な意味でははありませんし、何をもって必然というのか?というものは個々人の物事のとらえかたによって大きく変わるものではあります。

生来、庭というものは単体で成立しうるものではなく、ひとつには建築物を主とした特定の構造物もしくは空間の延長線上に存在するものであり、また、もうひとつにはネイティブアメリカンの言うところの大地に属するものであり、その土地の自然環境や風土に依る存在であると思います。

そのことから、当然のことではありますが、そのような特定の場において構造的、実用的な環境要因とその場を取り巻く生態的な環境要因を読み解き、そこに文化的要因や作り手と施主のパーソナリティが掛け合わされることによってその場における庭のデザインや構成が7割くらいは導き出されるものかと私は思います。

もちろん、人それぞれに感受性の違いにより、その場の必然を探るうえで、その場における環境の読み手の数だけ必然性があり、絶対的な必然とは言い難い物ではありますが、庭にかかわらず、存在感のあるもの、ある種の力のあるものには少なくとも作り手にとっての確信や必然性が確かにあるのだと私は思います。

実際の日本の庭においては文化的、歴史的ににその必然性を多く自然の摂理に求めて成り立っているかと思います。もちろん、そのことは単なる自然の模写だけにとどまらず、自然界の摂理を抽象化し表わしたものや、自然の摂...

September 13, 2017

庭職というものはある意味、真っ当ではない職人だと思う。

別の言葉で言うと職人と呼ぶには生業自体が曖昧で評価を定めづらい職種だと思う。

何かの映像や本などの中で、数ミリ単位のこだわりで轆轤をひく木地師や絹糸を気が遠くなるような精密さで織り上げる機織職人や、私達庭職が日々使う鋏などをつくる鍛冶屋などの仕事を垣間見、それらの職人仕事と私たち庭職の仕事をくらべてみるにつけ、私は自分自身を職人と言うことにある種の躊躇いを感じたりする。

私たち庭職の生業とはつまるところ植物や石などを拾って、据える(置く)ことである。

古くはその土地にある石をコロコロと転がし、山から形の良い木を引き抜いては植え、歩くところには飛び石と称して河原から拾ってきた石をパタパタと据えたりしてきた。そんな行為がそもそも日本の庭職の生業であったとおもうし、現代においても基本的に日本の庭職の行っていることはそれほど変わっていないと思う。

もちろん私たち庭職にも庭木の剪定技術や竹垣作りの技術や石材加工の技術など職人の技術が無い訳ではないが、前述した木地師や機織職人や鍛冶屋などの職工たちが、長年の鍛錬の末の絶対的な技術に基づいてものをかたちにすることとくらべてみると私たち庭職には絶対的な技術と呼べるほどのものは少ないように思う。

石を転がしたり、飛び石を置いたり、木を植えたり、、、技術と呼べるほどでもない、そのことだけならばだれにでもできることを生業としている。

庭をつくるうえで、技術に依らない部分は実に多い。

しかし、そのことは逆に良い庭をつくるということは技術では...

September 10, 2017

柳緑花紅。

私の部屋には書を趣味としていた祖父が書いた言葉が額に入れられ飾られています。言葉の意味はその字のごとく柳は緑に、花は紅に、ものごとは自然にあるがままに。

シンプルですが、ものごとの在りようについて深く、そしてすがすがしさとおおらかさを感じる言葉です。

祖父がこの言葉を書にした時は私はまだ子供で、もちろん祖父も私が将来、植物や庭の世界に携わることなど思いもしないことでしたでしょうが、時がたち、祖父は亡くなり、私はいつのまにか花や木を扱うことを生業とするようになりました。

祖父は特別、花などに興味のある人ではなかったように思いますが、形見のようなかたちでその書をもらい、今、私にとってずいぶんと気の効いた言葉をおくってくれたものだなと思います。

柳緑花紅。

私の日々の生業の中でも、日々を生きるうえでも、そのようにあれたらと思っております。

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