現実、真実、庭。


ものをつくりだすということは対立する概念の狭間で、思考し、かたちにしていくことである。

いわゆるアートと同じように、庭もまた非現実的な世界の描写、表現を通してより深く世界を把握、認識させる力がある。

現実から開放された広がり。それは目の前に広がる現実の極北に位置する理想の世界ともいえる。しかしその理想の世界は決して妄想や夢想ではなく確かに存在する世界であり、世界の正しい姿である。

世界の真実は常に現実の裏側に在る。

ものをつくる、庭をつくるということは常に変わり続ける現実の裏側の真実を掘り起こし、想像力を刺激し、感覚を開放させることでもある。

竜安寺の石庭然り、毛越寺の庭園然り、数多の古庭園とはそういったものであったはずである。

人は常に眼前には存在しない何かや何処かを求める。その存在を確信しながら。

かつての新しき世界、古き世界、それは失われてしまったが故に常に新しい。

伝統的な庭の世界観、美意識。

現代の庭づくりがあるならば、我々は先人の美意識を引き継ぎながらも意識や世界観を反転させて石を据え、木を植えなくてはならないのではないだろうか。


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